農業・林業・漁業は「やめとけ」と言われる——どこまで本当か

「食べていけないぞ、と言われた」 「体が動くうちだけの仕事だ、とも言われた」 「やってみたい気持ちはある。でも、反対する人の言い分に反論できない」

反論できないまま、話を出すのをやめた。 そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。

「やめとけ」は、雑な言葉です。 中身が5つくらい混ざっていて、そのうち3つは、このデータでは答えられません。

先に、分けます。


最初に——このデータで答えられないこと

この記事が使うのは、厚生労働省の「job tag」に入っている職業別の調査データです。 実際にその仕事をしている人が、どんな方向に興味を持っているかと、何を大事にしているかが入っています。

逆にいうと、次のことは測っていません。

  • 収入がいくらか
  • 休みがどれくらい取れるか
  • 何歳まで続けられるか
  • 天候や災害でどれだけ左右されるか
  • 就農するときの制度や、必要な費用

「農業はやめとけ」の理由で最も多いのは、この5つに関するものです。 そこは答えられないと、先に書いておきます。

答えられないことを「答えられない」と書かないと、残りの話も信用できなくなるからです。


「やめとけ」の中身は、だいたい5つです

#言われていること数値との関係
食べていけない答えられない
休みが無い・天候に振り回される答えられない
体力仕事だから、長くは続かない答えられない。ただし前提が半分ずれる
未経験から入っても、何も積み上がらないデータと食い違う
閉鎖的で、人間関係がきつい答えられない。ただし位置は言える

③ 「体力仕事だから続かない」——前提が、半分ずれています

何歳まで続けられるかは、このデータでは測っていません。だから当否は言えません。

言えるのは、その手前の話です。

農林水産の「手を動かして、物に働きかける向き方」は 3.77。 比較した37業界の中で最も高い数値でした。ここまでは、言われているとおりです。

ずれるのは、その次です。

「調べて突き止める向き方」も 3.41 で、比較した37業界の中では上から10番目でした。

この2つが同時に高い形は、IT・エンジニア・社内SE・メーカー技術職と同じ並びです。距離を測っても、農林水産にいちばん近いのはメーカー技術職でした(0.375)。

つまり——この業界は「体力の極」にあるのではなく、「技術職の隣」にあります。

土や水や個体の状態を見て、原因を立てて、次に反映する。 その部分は、体力とは別の能力です。

「体力が落ちたら終わり」という言い方は、この半分を数えていません。


④ 「何も積み上がらない」——データと食い違います

job tag には、その仕事をしている人が何を大事にしているかのデータも入っています。

農林水産で最も高いのは「やり遂げた手応え」で 3.76。2番目が「専門性が積み上がること」で 3.73。3番目が「自分の裁量で決められること」で 3.68 です。

上位3つが、この並びです。

もし積み上がらない仕事なら、2番目にこの項目は来ません。 増えるという前提が無い場所で、積み上がることが上位に立つことはないからです。

業界の中で見ても、同じ形が繰り返されます。 上下の端に出た6つの職業のうち5つで、この3項目が上位に並びました。畜産技術者にいたっては、専門性が 4.19 で1位です。

「未経験からでは無理」という話とは、また別です。 そこは求人の側の条件なので、このデータでは答えられません。答えられるのは、入ったあとに積み上がるものがあるかどうかのほうです。


⑤ 「閉鎖的で、人間関係がきつい」——職場のことは答えられません

特定の地域や職場の人間関係は、このデータでは測っていません。 そこは答えられません。

言えるのは、位置だけです。

農林水産の「人と関わる向き方」は 2.94 で、比較した37業界の中では下から5番目でした。

これは「人と関わらなくていい」という意味ではありません。 仕事の手応えが人との関係から来る割合が、他の業界より低いということです。

読み方が2つに分かれます。

  • 人と関わる量を減らしたくて来た人にとっては、方向が合っている
  • 人と関わることで満たされたくて来た人にとっては、方向が逆

ただし、業界の中でも差はあります。 農業技術者のように、人と関わる向き方と人を説得して動かす向き方が、どちらも業界内で最も高い職業もあります。「農業だから人と関わらない」ではありません。

職種の割り方は農林水産に向いてる人に書いています。


「やめとけ」が当たる人と、当たらない人

当たりやすいのは、こういう人です。

  • 人と関わる量を増やしたくて動く人。 人と関わる向き方 2.94 は37業界で下から5番目で、職場を変えても大きくは動きません
  • 外から認められることを、続ける燃料にしている人。 この業界は、外からの評価が届きにくい構造にあります
  • 割り振られた作業だけをこなす立場にいる人。 満足の1位と3位が、同時に塞がれます

当たらないのは、こういう人です。

  • 手を動かして、形になるところまで見届けたい人
  • 条件を読んで、次の一手を自分で決めたい人
  • 判断してから結果が返るまでの間隔を、不安ではなく面白さとして扱える人

「やめとけ」と言っている人が間違っているわけではありません。 その人にとっては本当だった、というだけです。


まとめ

  • このデータでは、収入・休日・年齢・天候のリスク・制度や費用は答えられない。 「やめとけ」の理由で最も多いのはそこ
  • 「体力仕事だから続かない」は前提が半分ずれる。 手を動かす向き方 3.77 は37業界で最も高いが、調べて突き止める向き方 3.41 も上から10番目
  • 距離で見ると、いちばん近いのはメーカー技術職 0.375。 この業界は技術職の隣にある
  • 「何も積み上がらない」はデータと食い違う。 満足の上位3は、手応え 3.76/専門性 3.73/自分の裁量 3.68
  • 「人間関係」は職場の話なので答えられない。 ただし人と関わる向き方 2.94 は37業界で下から5番目で、人と関わりたい動機とは方向が逆

決めるべきなのは、「やめとけ」が正しいかどうかではありません。自分が求めているのが、手を動かす手応えなのか、人との関係なのかです。


関連ページ


この記事の根拠

数値が高いほど、その方向への興味が強いことを示します。

業界平均(職業興味・RIASEC)

業界現実的研究的芸術的社会的企業的慣習的
農林水産3.773.412.442.942.883.20
臨床検査・医療技術3.763.362.593.782.793.47
建設技能・職人3.742.982.843.222.903.20
研究職3.704.142.683.283.203.01
メーカー技術職3.613.542.553.043.083.01
IT・エンジニア3.453.422.753.153.172.93
社内SE3.473.312.603.223.103.19
組立・生産ライン3.522.832.452.652.643.07
製造技能(金属加工)3.322.992.472.742.673.07
化学・素材・日用品製造3.443.032.822.822.853.11
物流・ドライバー3.182.612.402.872.543.20
士業2.603.262.263.863.493.50

太字は、比較した37業界の中での最高・最低です。

現実的の順位(分母は37業界)最も高いのは農林水産 3.77、2番目が臨床検査・医療技術 3.76、3番目が建設技能・職人 3.74。最も低いのは士業 2.60 で、幅は 1.17 です。

研究的の順位(分母は37業界):上から 研究職 4.14 / 法律・会計(弁護士・会計士)3.55 / メーカー技術職 3.54 / リハビリ・治療 3.52 / マスコミ・放送・出版 3.47 / マーケティング 3.43 / 美容・理容 3.43 / IT・エンジニア 3.42 / 金融 3.42 / 農林水産 3.41(10番目)

社会的の順位(分母は37業界・下から):組立・生産ライン 2.65 / 製造技能(金属加工)2.74 / 化学・素材・日用品製造 2.82 / 物流・ドライバー 2.87 / 農林水産 2.94(下から5番目)

:型は上位2領域を並べたものです。農林水産はRI型(現実的×研究的)で、同じRI型はIT・エンジニア・社内SE・メーカー技術職です。

仕事価値観(農林水産・11項目)

項目
達成感(やり遂げた手応え)3.76
専門性が積み上がること3.73
自律性(自分の裁量で決められること)3.68
自己成長3.62
私生活との両立3.41
対人関係3.30
雇用や生活の安定性3.01
奉仕貢献2.89
労働安全2.88
社会的認知2.72
報酬2.58

この11項目は「その仕事をしている人が、何をどれだけ重視しているか」の数値です。報酬 2.58 は実際の給与額ではありません。 私生活・労働安全も同じで、実際の休日数や事故率ではありません。

本文で名前を出した2職業:畜産技術者は専門性 4.19 が上位1位。農業技術者は社会的 3.33・企業的 3.33 が、どちらも業界内で最も高い値です。職種ごとの割り方は農林水産に向いてる人にまとめています。

業界間の距離:6領域の値をそのままユークリッド距離で算出したものです。上の表の数値から再現できます。 農林水産とメーカー技術職は 0.375、社内SEは 0.502。37業界の全組み合わせで最も近いのは、金融と法律・会計(弁護士・会計士)の 0.227 です。

農林水産に含めた職業:農業技術者/林業作業/酪農従事者/稲作農業者/ハウス野菜栽培者/果樹栽培者/花き栽培者/畜産技術者/沿岸漁業従事者の9職業の平均です。

このデータに含まれていないもの:収入・労働時間・休日数・年齢構成・求人数・気象や災害のリスク・就農の制度や支援・農地や設備にかかる費用・地域ごとの事情。本文で「答えられない」と書いた項目は、すべてこれに当たります。

出典:厚生労働省 職業情報提供サイト(日本版O-NET)「job tag」簡易版数値系ダウンロードデータ ver.7.00(最終更新 2026年2月10日/制作・著作:独立行政法人 労働政策研究・研修機構)